2010.07.22

適応

人間の考えなんて千差万別だと思ってる。
その考えから生まれたものに、完璧なんて無いと思ってる。

妥協しないというのは、あくまでその人の中の完璧であるだけで、
それが他の人にとっても完璧であることはないだろう。

何をもって完璧とするか、それを考えるとき、
その人が何を重要視しているかに左右されると思う。
 
それには、物事を捉えるときの感覚の違いが、
大きく影響していると思ってる。

こうすればわかりやすいだろうという判断をするとき、
あくまで自分が基準である。

使う人のことを考えて、、というのが正統派だろうけど、
使う人のほうも、物事の理解の仕方はいろいろだ。

個人的には、物事を捉えるとき、
光、温度やニオイ、映像(色・形)、文字(数字、言葉)、音(リズム、言葉)
くらいのパターンはあると思ってる。

学術的な分類があるのかどうかは知らないけど。。

で、そのどの手段を使うかは、個人の自由であってほしい。

とすると、万人に受けるものを存在させるのは難しく、
完璧なんてないという考えに落ち着くのだ。
 
だから何だと言われると困るけど・・・

設計レビューとかコードレビューとか、
ある程度の他者の視点が介入する機会を、強制的に設けるのは、
こういった意味で重要なことだと思う。

同時に、そこで意見が合わないのも、当然だと思うのである。
 
ついでに、開発を始めて1年近く経つけど、
未だにレビュアーのこだわりポイントを理解できないことのほうが多い。

そんなこんなで、根本的に感覚が違うんだろうと思うようにしてる。
 
妥協じゃなくて、適応力。
 


2010.07.22, 23:58 / 仕事とか, 日々所感
適応 はコメントを受け付けていません