研究の対象として「Integrity-based computing」というものを扱っている.それを説明しようと考えた言葉が「正直な人間」である.
"Integrity"という言葉は,コンピュータの世界で「完全性」と訳されている.そんなこと言われても,なんのこっちゃ?? というのが普通の反応だと思う.わたしも未だにピンと来ない.たぶん「完全であること」と思っていて間違いはないのだと思うけど・・・
もっと一般的な"Integrity"の意味は,正直さ,誠実,高潔,清廉,などである.こっちのほうがピンと来る.
研究内容だって,嘘をつかないコンピュータ,というのが最もサラッとした説明なんじゃないかと思う.完全性を基にしたコンピューティングって言われても,なんのこっちゃ,である.
とても簡単に言えば,コンピュータが自分の状態を嘘をつかずに報告できること. たとえば,あなたのことを教えてください,って言われたときに,"今朝 歯を磨きました""青いシャツを着ています""昼食に餃子を食べました""頭が痛くて咳が出ます"といった事実のみを正確に把握し,それを報告できることである.ここで"今日は体調不良ってことにしておこう"なんて事実と違う情報は入ってこないのだ.
そういうことをコンピュータで考えていて,それには技術標準があるわけだが,その内容はここでは問題じゃない.
これってコンピュータ特有の問題じゃなくて,人間にも同じことが言えるよな,ってことなのだ.世の中に嘘つき人間は山ほどいる. 私自身,嘘をつかないようにものすごく意識しているが,たまに嘘をついてしまっていることもあるだろう.
それをなくしたい.
ホームページに書く文章は,嘘にならないよう,むやみに飾り立てない.事実と異なることは書かない.書きたくない事実は書かなければいい.これらはホームページに限らず,どこに書く文章でも同じである. 嘘はしゃべりたくない.だから無口になってしまうが,嘘をたくさん話すよりマシだと勝手に思っている.
コンピュータの世界で研究されているように,もし自分が,真実しか書けない,真実しか話せないようになったら,便利なのか??
嘘をつかないための努力が必要なくなるのだ.
うーむ
私が今までしてきた苦労は何だったんだ? ってことになりそう.私が私であるための情報がなくなってしまう気がする.誰も嘘をつかないのであれば,なるべく嘘をつかない努力をしてきた人間なんて,過去の遺物でしかない.
便利だけど,味気ない.
正直な人間.それは努力してなるべきもの.
「正直さを売りにした人間」とも言うべきか.人間の正直さというのは性格のうちに含まれるものであり,1つのアイデンティティでもあるだろう.
正直な人間.なりたくて,なろうとして努力して,なれているかどうかわからないもの.そのサイクルの中で,ぐるぐる回っていたい.それが自分らしさだとさえ思う.
やっぱり人間とコンピュータは違うけど,最終的に求めるものは同じ.少なくとも,私の中では同じ.
だってどちらも,人間が求めているものだから.人間のためのコンピュータだから.
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